お施餓鬼

2003/07/15

お施餓鬼ってなんだ?

「施餓鬼」とは正に字面の如く「餓鬼に施す」という意味である。「餓鬼」とは六道(天上道、修羅道、人間道、畜生道、餓鬼道、地獄道)のうち、餓鬼道に落ちて苦しんでいる亡者のこと。餓鬼が口にしようとするものは忽ち炎と化し、何一つ食べることが出来ず飢えの苦しみには際限がない。自分の力ではこの苦しみから脱することが出来ない餓鬼に、食べ物を施そうというのが「施餓鬼供養」である。

実際には、食べることで(つまり他の命を奪うことで)自己の命を繋いでいる自分の罪深さ、或いは食べ物に対する感謝の念を自覚するための供養である。「いただきます」「ごちそうさま」という日常的な言葉の中にも、この教えが生きているのだろうと思う。

何が起源?

「施餓鬼供養」の起源は仏教伝説にはこう書いてあります。

「お釈迦様の十大弟子の一人である阿難(アナン)尊者が、あるとき森の中で坐禅していると、真夜中に突然餓鬼が現れました。その餓鬼は口から火を吐きながらこう言いました。

『三日後、汝の命はなくなり、我と同じ餓鬼道に落ちることであろう』

驚いた阿難はすぐさまお釈迦様に相談します。

『観音菩薩から授かった真言(お経の一種)を七回唱え、一心に祈れば少量の食べ物が沢山になる。これを無数の餓鬼に施し、空腹を満たさせなさい。こうして供養すれば多くの餓鬼が苦身を逃れ天上に生まれかわれよう。また、その施主は寿命が延び、仏の道を悟る近道にもなるのだよ』

とお釈迦様は教えられました。阿難尊者はそのお言葉通り、早速供養を行いました。

本来「施餓鬼供養」は随時寺院で行われていた。例えば年忌法要(1周忌、3回忌など)でも営まれていたのである。最近ではお盆の行事として営まれることが多くなったが、春秋のお彼岸に施餓鬼供養するという実例もある。

施餓鬼供養では、新亡(前年の供養以降に亡くなった方)、先亡(ご先祖様)、さらには三界萬霊(諸々全ての霊)の塔婆を立て、ご飯、水、野菜、果物、お菓子など、沢山のお供え物をして、あらゆる餓鬼に施しをする。その功徳が施主やその先祖にまで及び、それがそのまま先祖追善供養になってゆく、というわけである。「追善」とは、故人が生前為し得なかった「善行」を、遺された者があとから「追って」代わりに実行する、という意味である。

一般的にはどう考えられている?

【岩波仏教事典】には以下の如く書いてあります。

施餓鬼 せがき

餓鬼道にあって苦しむ一切の衆生(シユジヨウ)に食物を施して供養することで,特にその法会をいう.

〈施餓鬼会〉の略.期日は特に定まらないが,年中行事の一つとして_盂蘭盆会(ウラボンエ)に行われることが多い.盆には家の先祖の精霊(シヨウリヨウ)を祀るほか,ともに訪れてくる無縁仏や餓鬼のためにも施餓鬼棚(精霊棚)をつくって施しをしなければならなかった.

一般に餓鬼は供養するもののいない無縁仏とか祀るもののない霊魂として観念されたので,御霊(ゴリヨウ)信仰に通じる性格をもつ.中世には飢饉や戦乱などの折に河原に数万の群衆を集めてたびたび営まれたり,近世に入っては大火の犠牲者の追善のために大寺院で修されたりした.両国の回向院で営まれた明暦3年(1657)の江戸大火(振袖火事)の際の死者供養などは,その代表例である.

施餓鬼は浄土真宗をのぞく各宗派で行われる.

また禅宗では,生飯(サバ)といって食事のたびに飯を数粒施す習慣も施餓鬼の作法だとしているが,これも民間の御霊の一種であるひだる神に対する作法と共通するものがある.

でも、何故阿難でさえそのままでは餓鬼道に堕ちる事になったのでしょうか。阿難尊者は十大弟子の内「多聞第一」に数えられる存在です。阿難でさえ餓鬼になるのであれば、その他諸々はすべて餓鬼道へということになります。只でさえ暑いこの時期、餓鬼道はさぞ暑苦しい事だと思いますが。

餓鬼道に堕ちる?

鬼子母神といわれるおっかない神様が居ます。自分の子供を育てるのに、他の子供を食べたとか。また【岩波仏教事典】を見ます。

鬼子母神 きしもじん

サンスクリット原語の音写で〈訶梨帝〉〈呵利底〉と呼ばれ,また〈歓喜母〉〈愛子母〉ともいわれる.

鬼神王般闍迦(パーンチカ)の妻で,その児一万(あるいは千とも五百とも)あったという.はじめ邪神でインドの王舎城の町に来て多くの幼児を奪い食い殺していたが,仏の教化をうけて悪行を止め,仏の教えを守り,児の養育を助けることを誓ったと伝えられている.

もとはインドの母神であったらしく,夫のパーンチカや愛児と共にいる彼女の優美な彫刻が,北インドやガンダーラを中心としていくつも発見されている.

鬼子母神説話は,古来母の慈悲深重を説くたとえ話ともされて,平安末ごろには,すでに幼児の平安を願って,その名を守り札に書いて子供の首にかける習俗が行われていた.

おっかない話は別にして、母親としては理想的な神様のような気がします。

ここで唐突に個と全体を考えます。私たちは個として生きているわけです。まず生きなければなりません。ひどい言い方をすれば、他人が飢えていようともです。現在多くの国では飢餓に瀕している大勢の人がいます。では、日本中の食料を持って行けばいいのでしょうか。多分そうでは無いような気がします。鬼子母神は人を喰うのをやめて、自分の子供が餓死するのを見ていれば良かったのでしょうか。これも又そうではないような気がします。説話の中では鬼子母神はお釈迦さまに人の代わりにザクロを食べるように諭されます。東京の鬼子母神の縁日では朝顔市が有名ですがザクロも必ず登場します。長野でもそのことによりザクロ祭りを行っているところがあります。

個の幸せの追求が全体の幸せには、必ずしも結びつかないことを、お釈迦さまの時代に既に気が付いていたのだと思います。「神の見えざる手」は人が「何の努力をしなくても動く」訳ではないようです。

自分の家族・一族・子供・先祖だけの幸せ・安楽(成仏)を願ったのでは、結局の所成就しないことを、幾千年も過去の人たちは智慧として知っていたと思います(解決手段を持っていたかどうかはは又別)。上の解説の中に<新亡(前年の供養以降に亡くなった方)、先亡(ご先祖様)、さらには三界萬霊(諸々全ての霊)の塔婆を立て>とありますが、これは本来ではなく、施餓鬼棚には「三界萬霊」のみを安置してお参りするのです。自身の先祖などはついでです。

開善寺の施餓鬼では、数年前まではお参りの方々は「三界萬霊」のみにお参りし、自分たちのご先祖のお位牌にはお参りしない習慣でした。

結局

結局の所、私が思っているお施餓鬼の意味は(標準的ではないと思います

ことを、思い知るための儀式でだろうと。

宮崎駿氏の「天空の城ラピュタ」に

「ここが玉座?ここはあなたと私のお墓よ。
あなたはここで私と死ぬの。どこにもいけずに
国が滅んだのに、王だけが残るなんて、滑稽だわ。」

本当は日々それを思いながら行動することが良いのだけれど、せめて先に亡くなられた方々の年忌に当たる時や、新しく亡くなられた方があるときくらい思おうよ、ではないかと

しかし

「全体のことだけ考えて生きていくのは、もちろんまずいわなぁ」、「全体のことだけ考えさせられて生きていくのは、もっとまずいわなぁ」が大前提です。為念。